

(さすらいの日々の記憶)
深夜の来訪者
2000年のゴールデンウイークに山陰を旅したとき、島根県は仁摩町にある琴が浜(鳴き砂の浜)で車中泊をすることにした。
そこは幹線道路の国道9号線の旧道らしき道路からさらに路地を入った突き当たりにある小さな広場のような空き地で、
目の前には青白い月明かりに照らされた砂浜が広がっていた。しばらく浜辺を歩く・・・月明かりで砂浜に自分の影ができるほど
明るく、海面に月が映って大変きれいだった。しばらくして車に戻り、ナビの画面でプレステをして遊んでいると
海岸沿いを白い車がやってくるのが見えた。「こちらにこなければいいな」などと思っているとその車はどんどんこちらに
近づいてくる。その車は7〜8メートル離れたところに止まると、中から4人の男たちがぞろぞろと降りてきてこちらに
向かってくる。そして窓ガラスをコンコンと叩く。「警察です」と一言。温泉津(ゆのつ)警察署の警察官だという。
車内でプレイステーションが楽しめること、車のラゲッジがそのままベッドになっているのを見て、すごいなー
などと感心しているような感じではあるが、どこに行くのか?何をしているのか?などといったことをあくまでもフレンドリー
にそして抜け目なく聞いてくる。その間にも4人のうち一人は浜辺を懐中電灯で照らしており、もう一人は車についた無線で
何かしゃべっている。おそらく免許証の番号を本署に照会しているのだろう。3分程で免許証の照会が終わったのか
「気を付けてね」という言葉を残し帰っていった。どうやら幹線道路からかなり奥まった所に車を止めていたのが怪しまれて
しまったようである。(実際、他に車は止まってなかった)この出来事で、なんだかすっかり興ざめしてしまい。ゲームも
そこそこにビールを飲んでそそくさと寝てしまった。
夜のキャンプ
1996年の秋。当時某金融機関に勤めていた私は金融機関名物の年に一度の強制9連休を利用して紀伊半島にやって来ていた。
朝、自宅を出て、国道20号で塩尻に向かい、そこから国道19号で名古屋に向かうというおおむねJR中央線に沿ったコースを
一般道のみで走りとおし、三重県内に入ったのは日付が変わって午前2時頃であった。国道23号の橋の下で車中泊をした翌朝は
雨であった。そこからひたすら紀伊半島を南下し、和歌山県の山中にある龍神温泉についたのは夕方4時頃であった。事前に
当時は車が家の車:ブルーバード、自分の車:シルビアであったため、宿泊はテント泊がメインであった。そのため日が暮れて
くるとその日のねぐらを探すという仕事が待っているのであった。この日は国道の脇の川原にテントを張ることにした。
国道から階段を降りること10メートルくらいのところに結構なスペースがあり、温泉街からもそこそこ離れているので快適な
一夜が過ごせると思ったのであった。川原のには小さな10m×5m程の小さな草むらがあったので蚊がでることを恐れて
草むらからは少し離れたところにテントを張った。そして飯ごうでご飯を炊くと同時に、レトルトカレーを温めて夕食を取った。
夕食後、龍神温泉の共同浴場に行く。大きな木の下にある露天の共同浴場である。人も少なくのんびりすることができた。
そして、テントで寝るために再び川原へと続く階段を降りていくころにはあたりはすっかり暗くなっていた。このころは
一人旅がメインであり、真暗になったテントに戻るのは少し不安な気持ちになることが多かった。そんな気持ちを吹き飛ばすべく
あらかじめ買込んでいたビールを飲みさっさと寝ることにした。そして、どのくらいの時間がたっただろうか?ふとテントの
周りが騒がしいのに気づいたのである。何匹かの獣がテントの周りを歩き回っているのが感じられた。この川原は国道側は
高さ10m程のコンクリートの崖になっており、川原そのものも20m×8m程の小さな川原だったのでまさか動物がいるとは
思いもよらなかった。そのうち、ミャーミャーという泣き声が聞こえてきたので、外の動物はどうやら猪ではないらしい
ということがわかった。思い切ってテントから顔を出して外を覗いてみるとランランと輝くいくつかの瞳・・・
数匹のタヌキたちがテントの外に置いていた私の夕食の食べ残しをあさっているところでした。翌朝、テントから出てみると
食器や鍋などがタヌキに荒らされそこら中に散らかっていたのでした。
猛吹雪
2001年の年末から年始の旅行は恒例の青森旅行となった。今回は同行者は銀座の初売りに行きたいとのことで、文字通り
さすらいの一人旅となってしまった。青森で新年を迎えたあとは正月寒波の来襲で北東北は大雪となった。そして1月2日
ようやくたどり着いた山形県酒田市はまったく雪がなく拍子抜けしてしまった。夕方4時ごろホテルにチェックインする。
夕食にはちょっと早いのでちょっと市内を買い物してまわる。そして夕方5時過ぎ雪がふりだした。かなり強力な雪で
あっと言う間に道路は真っ白になってしまった。そしていつものようにビールを飲んでいた夜半、いつのまにか外は暴風雪
となっていた。私の部屋は7階だったのだが風の音がものすごくまるで山小屋に泊まっているようであった。そして翌朝、
駐車場に向かおうとすると・・・ものすごい風と雪、まるで台風である。強烈な風で息が詰まる・・・やっとのことで
車に乗り込むとドアを開けた瞬間に吹き込んだ雪で車内は真っ白になってしまった。

背景に注目!! ものすごい吹雪、強風のため雪も積もらない。 車に乗り込むときに吹き込んだ雪で車内も真っ白
そして帰り道、のんきにも西川町の国道112号線沿いにある水沢温泉間(200円)で一風呂浴びる。明日からは仕事であり、
最後の命の洗濯のつもりであった。そして山形道の西川インターより帰宅の途につく、高速道路にのるとラジオから
宮城−福島県境の東北道が吹雪で通行止めになった旨の情報が流れてきたのであった・・・

東北道白石インターから福島西インターは通行止、出口は大渋滞。
台風の夜
1993年の夏、長〜い大学の夏休みを利用して、福島県南西部の桧枝岐村から新潟県に抜ける国道352号線を抜けてみようと
いうことになり、友人達と3人で車を走らせていた。自宅を出たのは夜の10時くらいであった。この日は関東に台風が接近して
おり、天気予報では明け方にかけて最接近する予報であった。このときはなぜか最短経路の塩原温泉経由ではなく鬼怒川温泉
経由のルートで行くことになっていた。日光の杉並木を抜けるころには暴風雨となっており、上からは杉の葉っぱや杉の枝が
ひっきりなしに振ってきて、たまにフロントガラスに杉の枝が大きな音を立てて当たったりして怖い思いをして走り抜けた。
そして鬼怒川温泉を抜け鬼怒川沿いの国道121号線の狭隘区間(当時の国道121号線は鬼怒川沿いは狭いところが多かった)
に入ったころだんだんと空が明るくなってくるとともに雨足も一段と強まってきた。何か不安な気持ちになり車のスピードを
上げる。いくつかのコーナーを曲がった時、路肩に赤いファミリアが止まっているのが見えた。こんな所で何してるんだろう?
などと思いながらもなおも前に進んだその時、車の下からゴロゴロ、バキバキという音がする。慌ててブレーキを踏む。
とりあえずライトをハイビームにしてみると、激しい雨の中で、何本かの倒れた杉の木と、泥の海と化した道路が見えた。
ドアを開けると泥(の水位?!)が車内に入りそうなところまできている。慌ててギアをRに入れる。深い泥の中であったが
何とか脱出に成功したのだった。この旅行の後でこんな話を聞いた。福島の裏磐梯で台風の夜に橋が流されてしまい、
橋が流されたと知らない車が何台も川に落ちたそうだ。その中の何台かは裏磐梯の湖まで流されたのか
最後まで車が上がらなかったという。崖崩れですら直前までわからないのだから、橋など落ちてもわからないのも
無理もない話である。
峠の温泉
1994年夏。就職活動を終えた私は、友人とともに長野−岐阜県境にある乗鞍スカイラインをめざしていた。雑誌の特集か何かで
ここ乗鞍スカイラインが日本一高い所を走る道路と聞いて暇にまかせて国道20号をひたすら走りやってきたのだった。平湯温泉の
平湯の森というたくさん露天風呂がある温泉で一風呂浴びて出発である。まずはスカイライン入口の平湯峠を目指すわけだが、
すでにここから急坂、急カーブが続く。ブルーバード(当時)のエンジンも全開である。標高1600m程の平湯峠頂上からはいよいよ
乗鞍スカイラインである。道も心持ち広くなって走りやすいが相変わらず上りはきつい。当時のブルーバードにはかなり良いオイル
を入れていたこともあって2速〜3速の5000回転くらいまで(マニュアル車だった)を使って快調に上っていく。数少ない直線で
何台かの車をパスする。もう気分はのりのりである。そうこうするうちかなり眺めの良い場所に出た。車をとめて外に出る。
標高は2000メートルをとうに超え、すがすがしいというよりは高山独特の少し毒気のありそうな冷たい風が吹き抜けている。
いつしか樹林地帯を抜け、あたりは背の低い草と石ころだらけの荒涼とした風景になっていた。ふと耳を澄ますとどこからか
お湯の沸くような音がする。天然温泉?!なんと風流な??ドキドキしながら耳を澄ましながらあたりを探すがなかなか
見つからない。そのときふと、その音が意外と近くから聞こえてくることに気づいた。もしやと思い車のボンネットを開けると
・・・冷却水が沸騰しているではないか!!リザーバー(予備)タンクからはボコボコと大きな泡が盛んに上がっている。
慌ててエンジンをかけて暖房を全開にしてエンジンの熱を冷ますが冷却水はほとんどなくなってしまった。エンジンを酷使したあと
すぐエンジンを切ったため冷却ファンが止まり走行風もなくなったため、一気にオーバーヒート手前までいったらしい。
この日は観光客が多く畳平手前で一キロ程渋滞しておりその間も水温計は常にオーバーヒート寸前であった。
ひやひやしながら着いた畳平(標高2700m)でもまともな水はあるわけはなく友人の持っていた六甲のおいしい水を使わせてもらった。
しかしその程度の水では足りず、結局車の調子が落ち着いたのは麓のコンビニでホースを借りて大量に注水したあとのことであった。
NEW!! 滝壷NEW!!
96年の成人の日の連休。社会人になって始めてのボーナスでテントと寝袋を購入した私は静岡県の大井川渓谷付近を旅していた。
静岡とはいえ山の中なので日陰には雪が残っている。「林道を舗装しただけ」といった雰囲気の県道を走りまわり、日も傾いた頃、
ようやく見つけたテントサイトは、小さな沢の河原であった。テントに潜り込むとすぐに日が暮れた。ビールを飲んで
すぐに寝袋に潜り込んだ。そして夜・・・寒い、猛烈に寒い。一度目が覚めるともう二度と眠れない。このころはまだまだ冬用の装備が
甘かったのだ。頭上の木々から枝が落ちてくるのか、それともテントのまわりを何者かが歩き回っているのか、ときどきテントのまわりで
パキパキと枝の折れるような音がする。テントからは外が見えないのでかなり不気味だった。初めての一人キャンプは悪夢の夜であった。
それでもいつまにか寝込んでいたようで、気がつくとテントの外が明るくなっていた。日が昇り多少は温かくなってきたので撤収することにした。
車を止めている道路までいくには、幅1mくらいの小さな沢を渡らなければならない。テントを抱えて沢をひとまたぎ・・・
したつもりだったのだが、足を踏み外してしまい、右足は沢の中へ・・・ 運悪くそこは高さが1.5mくらいある滝の上だったので、
バランスを崩した私はそのまま滝壷へ頭から落ちてしまった。一瞬、真っ青な青空が見えた。このまま川底の岩に頭をぶつけて気を失って
溺死してしまうのだろうか?そんなことが一瞬 頭をよぎった。次の瞬間、大きな水音とともに水の中へ。ゴボゴボゴボ・・・
なんとか水面に顔を出すことが出来た。滝壷は水深1.5mくらいだった。雪解け水で冷たい沢の水から逃れようと必死で近くの岩にしがみつく、
何とか車に戻って暖房をMAXにして近所の温泉が開くまで一時間くらい震えていた。このときは荷物の軽量化を図る為、
着替えを一切持ってきておらず。濡れた服で家まで帰ることになったのであった。
NEW!! 猿 NEW!!
98年のゴールデンウイーク。長野を旅していた私は、とある山の中の国道の旧道を走っていた。
そこは新道がトンネルで貫いている山を大きく迂回している道で新道が開通した今、通る車はほとんど無いように思われた。
誰もいない静かな場所で昼ご飯を食べようと思ったのだ。車を止めてご飯を食べていると、遠くで「ギャー ギャー」
と獣が鳴いているのが聞こえた。食事を終えて車を少し走らせると道路一面に猿がいるのが見えた。
猿達は車を恐がっていないようだった。食べ残しの柿ピーを撒きながら、減速してゆっくり通過していくと、猿たちはおとなしく
道路に落ちた柿ピーを拾って食べている。ふとドアミラーを見ると後ろからからゆっくりと、しかし堂々した足取りで一匹の猿が
こちらに向かってくるのが見えた。彼は他の猿と違い落ちている柿ピーには見向きもしない。どうもこの車を狙っているようだ。
危険を感じた私は運転席側の窓を閉めたのだが、なんと、閉まっていく窓に向けてさっきの猿が飛びついてきた。
あまりの出来事に呆然とする私。猿と30cmくらいの距離で見つめあうこと数秒・・・挟み込み防止機能などないシルビアの
パワーウインドウは無事にしまり、猿は車への進入を諦めた。しかし、数ヶ月後。三重県内でパワーウインドウが故障してしまい、
帰りの高速道路の料金所では大変面倒な思いをすることになった。結局、保証期間が過ぎていたため修理代3万円を払うはめに
なってしまったのであった。
NEW!! 獣 NEW!!
2002年11月。南会津の国道352号線を伊南町から桧枝岐村に向けて
車を走らせていた。時刻は夜の11時過ぎ。行き交う車もなく、降りしきる雨は
いつのまにか雪に変わっていた。高畑スキー場を過ぎたころ、突然ヘッドライトに何か
ふさふさした毛の獣が照らし出された。それは車と同じ方向に走っていた。
獣を避けようと少しきつめのブレーキをかけると、獣は視界から消えた。
「何とか避けれたようだ」と安堵した瞬間。左の前輪あたりから「ボグン」という衝撃・・・
確かな手ごたえ・・・とうとうやってしまったようだ。相手は狸だったのだろうか?
少し走って車を止め、車の床下を点検する。降りしきる雨のためか毛皮などの痕跡はない。
翌日。明るくなってから「現場」を通りかかった。時速25km程で最徐行したが、やはり獣を轢いた
痕跡はなかった。間違えなく「手ごたえ」はあったのだが、どこかへ跳ね飛ばしてしまったのだ。
以下随時更新予定